共創的ターミナルケアとターミナルケア指導者の全体像―日本の多死社会を支える新しい知の創造へ
共創的ターミナルケアとターミナルケア指導者の全体像―日本の多死社会を支える新しい知の創造へ

—研究史・社会背景・ケアの哲学・資格制度・未来展望まで


【目次】

  1. 多死社会の到来と、終末期ケアが持つ新たな意味
  2. 終末期ケアの体系――歴史・定義・ケア領域の構造
  3. 緩和ケアとターミナルケアの比較構造
  4. 現代日本におけるターミナルケアをめぐる課題
  5. 共創的ターミナルケアの成立(2005–2010)
  6. 知識創造論・認知科学・実践知としてのケアとの理論的接続
  7. 共創的ターミナルケアの実践原理と方法論
  8. ターミナルケア指導者資格制度の創設(2014–)
  9. ターミナルケア指導者に求められる専門能力と役割
  10. ケア現場・地域包括ケアにおける実践例と成果
  11. 死生観・スピリチュアリティとターミナルケアの統合
  12. 国際比較からみる日本型ターミナルケアの独自性
  13. テクノロジー・AI・ロボットとの協働による未来像
  14. 共創的ターミナルケアが拓く社会の未来

多死社会の到来―終末期ケアが日本社会の中心課題になる時代

日本は世界でも稀なスピードで高齢化が進み、2020年代後半〜2040年にかけて「死亡者数のピーク」を迎える。
これは単なる人口統計の問題ではない。

  • どこで人が亡くなるのか
  • 誰がケアするのか
  • どのような医療・介護体制が必要なのか
  • 「生と死の意味」をどう支えるか

これらすべてが日本社会の根幹に関わる問題となる。

現代社会は、「生産人口の減少」「家族機能の弱体化」「医療機関への過度な依存」「地域包括ケアの不十分さ」という複合的課題を抱えている。
そのどれもが終末期(ターミナル期)のケアと密接に結びついている。

つまり、終末期ケアはこれからの日本で最も重要な公共課題の一つである。

その中で、
人間の尊厳・意思決定・関係性・スピリチュアリティ・多職種連携
を統合して支える新しいケアの形が求められている。

その中心的アプローチとして、北陸先端科学技術大学院大学との研究に基づく

共創的ターミナルケア(Co-Creative Terminal Care)

が誕生した。

さらに、この理論を実践し現場に広める専門人材として

ターミナルケア指導者(2014年創設)

が認定される仕組みが生まれた。

本稿では、その全体像を詳細に解説していく。


1|終末期ケア(ターミナルケア)の体系

1-1|終末期とは何か

医学的には「根治治療が困難で、死が近いと予測される段階」とされる。
しかし終末期ケアの本質は、より広い。

  • 人生の総まとめ
  • 人生の意味の再編成
  • 家族や関係性の再構築
  • 自己理解と世界理解の深化
  • 「最期の時間」をどう生きるかという選択

など、人間の全存在に関わるプロセスである。

1-2|終末期ケアの4領域

  1. 身体的ケア(Pain Management)
  2. 精神的ケア(不安・抑うつ・孤独)
  3. 社会的ケア(家族支援・制度調整)
  4. スピリチュアルケア(意味・価値・自己物語)

医学、看護、介護、心理、宗教、社会学など多領域が関わる。


2|緩和ケアとターミナルケアの比較

緩和ケアは診断直後から始まる包括的ケアで、ターミナルケアは終末期に特化する。

項目緩和ケア終末期ケア(ターミナルケア)
開始時期診断直後死が近い段階
目的苦痛緩和・生活の質最期の時間の充実・尊厳の保持
焦点生活全般死の受容・家族・最期の選択肢

終末期ケアは、いわば「生の総仕上げ」に寄り添うケアである。


3|現代日本のターミナルケアが抱える課題

3-1|死の「医療化」

病院死が約7割を占め、死が専門職の管理下に置かれてしまった。

3-2|家族機能の低下

核家族化・単身化により、「家族が看取る」というモデルが成立しない。

3-3|価値観の多様化

「延命」「自然死」「死生観」などに関する価値の対立が増加している。

3-4|多職種連携の不全

医療・介護・行政の縦割りは、現場の混乱を生む。

3-5|ACP(人生会議)の定着困難

日本では医療者・家族が本人に代わって決定する場面が多い。こうした課題を乗り越えるために誕生したのが「共創的ターミナルケア」である。


4|共創的ターミナルケアの成立(2005–2010)

共創的ターミナルケアは、2005〜2010年に行われた。

  • 国立大学法人北陸先端科学技術大学院大学
  • 石田和雄氏ら看護実践者
  • 多職種ケアチーム

による共同研究によって理論化された。

4-1|研究の背景にあった問い

「終末期ケアは、本当に専門職だけが作り出すものなのか?」
「患者・家族・ケア者が互いに価値を作りだしているのではないか?」

この問いから生まれたのが「共創」の概念である。

4-2|共創とは何か

従来のケア理論は「専門職→患者」の一方向モデルが中心だった。
しかし現場観察から明らかになったのは、

患者・家族・ケア者による新しい意味の共同構築(co-creation)

が、終末期ケアの質を決定しているという事実だった。

4-3|研究手法

  • 質的研究(グラウンデッド・セオリー)
  • 実践知研究
  • 相互行為分析
  • ナラティブ分析

これらに基づき、現場の語りや実践過程の構造化が行われた。


5|知識創造論・認知科学との理論的接続

共創的ターミナルケアは以下の理論と接続する。

5-1|野中郁次郎のSECIモデル(知識創造論)

ターミナルケアの現場では
暗黙知 → 形式知 → 暗黙知
という循環が頻繁に生じる。

5-2|認知科学(状況的認知)

ケアは「状況に埋め込まれた知」であり、文脈なしには理解できない。

5-3|実践知研究(practice-based knowledge)

経験の蓄積が高度な判断を生む。

5-4|ナラティブ・アプローチ

患者は語りを通して自己を再構築する。

これらの理論は、ターミナルケアが「知識共創の場」であることを説明する。


6|共創的ターミナルケアの実践原理

共創的ターミナルケアは単なる「理念」ではなく、具体的な科学方法論である。

6-1|原理1:対話の場づくり

医療・家族の間に「合意形成の場」を作る。

6-2|原理2:関係構築のデザイン

ケア者間の信頼構築、役割の整理。

6-3|原理3:意味の共同構築

患者の語りを中心に、ケアチームが価値を共有する。

6-4|原理4:多職種連携の統合

情報共有・合意形成の仕組みづくり。

6-5|原理5:スピリチュアルペインの軽減

「意味」「希望」「つながり」を支える。


7|ターミナルケア指導者資格制度

2014年、研究成果を実践に広めるため「ターミナルケア指導者」資格が創設された。

  • 主催:一般社団法人知識環境研究会
  • 監修:石田和雄氏
  • 対象:医療・介護・福祉の現職者
  • 期間:2日間
  • 受講料:8万円(税込)
  • 内容:終末期ケアの統合学習+共創的ターミナルケアの実践方法

修了者は全国に広がり、地域包括ケアの現場でリーダーとして活躍している。


8|ターミナルケア指導者に求められる専門能力

●1 終末期ケアの知識

●2 多職種連携のファシリテーション

●3 家族支援能力

●4 倫理的判断力(ACP・意思決定支援)

●5 教育・研修の企画と指導

●6 スピリチュアルケアの基礎理解

●7 地域包括ケアにおける連携構築力

ターミナルケア指導者は、単なる「ケア実践者」ではなく
ケアの質を高める組織内リーダーである。


9|現場における実践例

●ケース1:特養における看取りケアの質改善

  • スタッフ間の情報共有が進み、看取りの混乱がなくなる。
  • 家族とスタッフの信頼関係が強化。

●ケース2:在宅医療でのACP推進

  • 医師・看護師・ケアマネが同じ方針で支援できる体制が整う。

●ケース3:病棟スタッフ教育

  • ケアのばらつきが軽減し、安定した終末期ケアが提供可能に。

10|死生観とスピリチュアリティ

現代の終末期ケアでは、宗教の有無にかかわらず
スピリチュアルケアが重要となる。

スピリチュアリティとは

  • 生の意味
  • 他者とのつながり
  • 自己超越
  • 価値・希望

を指し、宗教に限定されない。

共創的ターミナルケアは、患者が「意味の再構築」を行うプロセスを支援する。


11|国際比較

■欧米

  • ホスピス文化が強く、ボランティアが豊富
  • 宗教者の役割が大きい
  • ACPが普及

■日本

  • 医療依存・家族の罪悪感が強い
  • 死のタブーが残る
  • 宗教者へのアクセスが難しい

日本型のターミナルケアは、
家族中心・関係性重視・多職種連携型という独自の特徴を持つ。


12|AI・ロボット・ICTとの協働

終末期ケアは人間的部分が多いが、テクノロジーの活用余地は大きい。

●AI

  • 意思決定支援(病状予測)
  • リスク検知

●ロボット

  • 移乗介助
  • コミュニケーション支援

●ICT

  • 在宅医療連携
  • バイタルモニタリング
  • 共有カルテ

ターミナルケア指導者はこうした技術導入の中心にもなりうる。


共創的ターミナルケアが拓く未来

共創的ターミナルケアは「共につくるケア」であり、
終末期ケアを

  • 生命
  • 関係性
  • 意味
  • 知識
  • 社会構造

といった広い次元で捉えなおすアプローチである。

ターミナルケア指導者は、介護・医療の最前線に立ちながら、
日本社会の未来に貢献する知識創造者である。

日本が多死社会を迎える今、
この資格と理論が持つ価値はますます大きくなる。