家族が関わる人生上の出来事を「家族ライフイベント」という。老親扶養は、役割逆転の時期が先延ばしされているとはいうものの、現在でも高齢期における主要な家族ライフイベントである。多くの場合、 これまでの家族生活に不連続性をもたらし、家族関係上の課題(家族課題)を生じさせる。家族課題の主な内容としては、経済的援助、精神的援助、身辺介護が挙げられ、扶養の形態は大きく同居型扶養と別居型扶養に区別される。以下、老親扶養に関する家族社会学の問題関心について概観してみよう。
家族社会学では、主に実態として多数を占めていた既婚子夫婦による同居型扶養のあり方をめぐって議論が展開されてきた。1970年代後半以降、高齢者をめぐる問題が社会的関心を高めていくなかで、まずは、直系家族における親夫婦と子夫婦の間の考え方の違いが注目され、「老人層において顕著にみられる家父長的家族主義の価値体系と、敗戦後に生まれた年齢階層に顕著にみられる民主的個人主義の価値体系とが対立するかたちで共存」していることが指摘された(本村1988)。家父長的家族主義とは、個々の愛情よりも「家」の継承に価値を置き、子どもによる老親扶養を当然視する考え方であり、「家」制度的な直系家族の規範といっていいだろう。一方、民主的個人主義とは、「個々の愛情」に価値を置き、親子がそれぞれ独立した生き方を尊重する考え方であり、戦後のモデルとされた夫婦家族の規範といえる。
当時とは時代状況が異なり、価値観の内容も変化していると思われるが、価値観の親子間対立と共存という視点は現在でも有効である。
80年代後半になると、女性の社会進出や共働き夫婦の増加、女性の権利意識の高まりなどを背景に、深刻化してきた身辺介護の領域で議論が蓄積されていった。特に家族内で扶養や介護を抱え込んでいく要因と、女性家族員(嫁、妻、娘)が老親の身の回りの世話の担い手となりがちな要因に関心が向けられるようになり、家族内で解決すべきという家族責任規範や固定的な性別役割分業規範、身体接触規範(女性の介護者の方が、身体接触に対する抵抗感を生じさせにくいこと)等が指摘された(山田1992)。ここからは逆に、家族以外の人びとや、配偶者である夫はともかく、それ以外の男性家族員が身辺介護の領域に入りにくいことも示される。
さらには、「家族に対しては愛情をもつべきであり、それゆえに、子は親の面倒をみるべきだ」というように、従来、内面的な感情と思われていた家族に対する愛情が規範性を帯びて私たちの行為を制約するという、家族愛の規範性についても言及されるようになった。愛情を根拠として提示されると、一方的な義務としての期待だけではないために転換しづらいのである。
これらの議論は、家族成員間の意識のズレと家族を取り巻く規範への着目が、老親扶養を考える上で重要であることを示している。
90年代後半以降、現在にかけては、家族形態や家族関係を形成・維持する際に個人の選択や解消の自由が拡大しているという「家族の個人化」の進行が指摘されるようになっている(山田2004)。たしかに老親扶養についても、家族を取り巻く諸規範は、集団を規定するという点では従来よりも影響力を低下させており、経済的要因や地理的要因などの規範外的要因の影響が強くなっていると考えられるが、それが個人の選択や解消の自由の拡大の結果だけなのかについては議論の余地がある(選択せざるをえなくなった結果というケースもあるだろう)。
また、家族規範自体は集団を規定する規範に限定されるわけではない。法制度や政策が家族生活や家族関係に対して規範として影響を与えている点ヘの関心はむしろ高まっており、さまざまな相互作用過程に対する規範の影響を規律作用として位置づけるならば(樫村2005)、日常の社会生活における家族規範の現代的な影響についても検討すべき点が残っている。その1つの例は、家族に関連する問題に対処する際に、さまざまな社会的諸場面(病院や社会福祉施設など)で社会や「世間」の視線を意識させられ、そこからの非難を回避するために既存の家族規範に同調し、その結果、家族成員や高齢者が自身の選択の結果として負担を抱え込んでしまうケースである。このとき着目すべきなのは、社会や「世間」の視線を意識させられてしまうという規律作用の部分にある。日々の生活の諸場面に対する関心が、現代社会における家族規範を考える上で必要とされている。
老親扶養をめぐる意識と現代的動向
近年、わが国において高齢者の多くを占めつつあるベビーブーマーを中心とする世代の意識について、「親に対しては自分たちが扶養・介護を負担するが、子どもに対しては自分たちの扶養・介護の負担をさせたくない」という特徴が示されている。親と既婚子の間の別居化の進展、ならびに、経済的援助や精神的援助に関して一定の自立性を確保している現状が反映されているといえるだろう。春日キスヨは、この世代の人たちの家族意識を「過渡期性」として表現しており、以下のような5つの特徴を指摘していた。
①老親世代との関係においては「家族が看る」という考えに立つ一方、子どもとの関係においてはシングルで生きる子どもの生き方を受け入れる(上下の世代での違い)。
②息子の妻には「嫁」を期待し、娘には結婚しても「子」であり続けることを望む(子どもの性別による違い)。
③長男の妻には「嫁」を期待するが、二・三男の妻には「嫁」を期待しない(出生順による違い)。
④妻が夫の親の介護を担うことを夫は当然視するが、妻は夫の親の介護を担うことを当然視していない(夫婦間での違い)。
⑤娘は、自分の親の介護を兄弟の妻が担う場合は、「嫁だから当たり前」と思うが、自分が「嫁」として担わされる場合には「実の子どもが看るべき」と思う(介護の担い手であるか否かの違い)等々(春日2000)。
高齢者の家族構成の多様化は、既婚子による同居型扶養だけでなく、未婚子による同居型扶養や別居子(他出子)等の別居家族・親族による扶養(別居型扶養)、 さらには、夫婦間の扶養に目を向ける必要性を高めており、このような近年の変化とともに、扶養や介護が家族の問題として認識され、対応していく相互作用の過程に着目する必要性が高まっている。
公的介護保険制度の導入(2000年4月)に示されるように「介護の社会化」が政策的に進められているが、家族が介護を担うことを優先している点や女性家族員が身辺介護の主たる担い手になっている点は現在も同じであり、高齢者と家族の身体的、精神的、経済的負担への不安も決して小さいものではない。しかし、男性家族員や別居家族・親族、事業者が主な介護の担い手となるケースも増えており、今後、制度の問題点に目を向けつつ、家族関係への影響に注目していく必要がある。
高齢者の扶養や介護とも関連する家族の問題としては、相続をめぐる諸問題の顕在化を指摘しておく必要がある。『司法統計』に掲載されている「家事手続案内件数(家裁の手続きが利用可能か否か、利用可能な場合はどのような申立をすればよいかを案内する家庭裁判所の業務)」の動向をみると、件数全体の増加(2000年度:38万9299件、2012年度:58万5094件)とともに、相談内容として「相続関係」が最も多くなっている(2000年度:5万4967件、2012年度:17万4494件)。この内実としては、紛争解決のために法的支援を求めるケースと、紛争予防のために法的手続きを必要とするケースの2つの方向性が考えられるが、いずれにしても司法機関の関与が高まっていることを示す数値であるといえよう。
「老い」と高齢者と家族をめぐって
社会史的な研究の中には、「老い」が健康や若さを強調する近代社会の中心的価値観から排除されていった結果、現実に直面する「老い」に関することは、社会的に「見えないところ」へ追いやられていったと指摘するものがある(天野1999)。少なからぬ高齢者が抱く疎外感や孤独感の背景のひとつは、このような近代社会の構造的側面と関連する部分があると思われる。現代社会においては、個々の高齢者自身が「老い」にどのように向き合うのかが問われており、高齢者の個性を尊重した「老い」を支える社会的な仕組みが求められている。高齢者の社会関係について、杉井潤子は「日本の高齢者も家族に囲まれて家族に一方的に依存した生き方ではなく、個としての生き方が主張される現代においては、欧米のような家族を一部として含んだコンヴォイに支えられて生きることが志向されている」と述べている(杉井2009)。ここで「コンヴォイ」とは、個人のライフコースに影響を与える重要な他者を意味しているが、この指摘から、現代日本における高齢者と家族の関係を把握する際に必要となる2つの視点を示しておきたい。
1つは、高齢者の家族関係の状態や問題点を的確に理解するためには、集団としての家族だけを対象にするのでは不十分となっており、ネットワークの考え方の導入のほか、 さまざまな社会関係、社会保障・社会福祉をはじめとする社会的な諸制度、諸政策との関連を検討することが不可欠になっているという視点である。そしてもう1つは、高齢者と家族との関係について、自立と依存の共存を軸に「扶養する一扶養される」「介護する一介護される」の枠にとどまらない関係構築を探る必要があるという視点である。
高齢期における「家族に囲まれた生き方」からの転換という主張は、これまでの「常識」を問い直す面をもっている。そうであるからこそ、高齢者と家族の関係をめぐる社会学的関心として、さまざまな社会関係や社会集団と関わりながら、互いに支えになったり制約したりする過程で見え隠れする、「家族であることへのこだわり(ならびに、 こだわらざるをえない側面)」とその変化に着目することが、あらためて重要になってきているのである。
